「がんばれ」について(塾だより2018年1ー2月号:中学生)

「がんばれ」について語ってみる

卓球の福原愛選手は、試合中に「ガンバレ」と言われるのが苦手だったという話を小耳にはさんだ。気になってグーグルで検索してみると、どうやらずいぶん前のテレビ番組での発言らしい。がんばっているのに「ガンバレ」と応援されても困るとのことで、いっしょに出演していたテニスの松岡修造さんも「だって、がんばってるんだもんね」と理解を示していたようだ。

 そういえば、「ガンバレ」が負担になることは日常生活でもけっこうあることだと思う。自分が必死でがんばっていると思っているときには、「これ以上、いったいどうガンバレばいいんだ!」と思われるかもしれない、がんばっている人には「がんばれ」は余計なのかもしれない、と少し心配になった。

 福原選手の記事を見つけたのは、なぜかモトクロスというバイク競技のサイトだった。そのサイトによると、モトクロスの競技中の「がんばれ」は、なぜか選手たちの力や勇気になるという。面白かったのは、そこに書いてあった理由だ。「卓球やテニスで死ぬことはないが、バイク競技では選手は常に死と隣り合わせ。恐怖と向かい合う人間に、自分の限界を超えるその一歩を踏み出す勇気を、応援の『がんばれ』が与えてくれる。」

 もちろん受験でも死ぬことはないが、不合格という大きな恐怖に君たちは立ち向かう。受験は未来という人生をかけたレースだ。受験生全体で見ると、志望高に落ちてしまう人は少なからずいる。そんな受験に不安を感じ恐怖を覚えるのは、ごく当然のことだと思う。がんばらないで不合格になると、実は傷は浅くてすむ。「やれば受かった」という言い訳ができるからだ。必死にやって落ちたときの精神的ダメージの大きさを考えて、心は勝手にブレーキをかけてくる。それほどの恐怖と君たちはその若さで戦っている。だから、このレースに挑む君たちに、私は胸を張って「がんばれ」を贈りたい。

がんばっている人は、がんばれなくなったときに、みんなの「がんばれ」を思い出してほしい。今「ガンバレ」が邪魔なら、集中した時の福原選手のように、良い学習ができている証拠だ。今はこの調子でがんばればよい。がんばれていない人は、一人ではないことを思い出してほしい。君を心から応援してくれるご両親や、一緒にがんばる仲間がいる。そして、教える私たちも、君たちだけをがんばらせることは決してしない。みんなを合格へ導くために、できることは何でもする覚悟はとっくにできているから、ためらうことなくいつでも好きなときに来てほしい。

東北の大震災のときに言われた「がんばろう、日本」という言葉が好きだ。被災地だけじゃなく、日本のみんなが自分の場所で自分のできることを精いっぱいやる。一人ぼっちでがんばるのではなく、一人ひとりがつながっていて、それぞれの思いと行いがそれぞれを支えあう。君たちの夢は、千葉進研の夢そのものだ。だから、「がんばれ、千葉進研!」

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