1ドルを消したのは(小学生:塾だより1-2月号)

3人の男が、ホテルに泊(と)まることになりました。1泊(ぱく)30ドルの部屋に空きがあるというので、1人10ドルずつ出しあって泊まることにしました。翌朝(よくあさ)、ホテルの支配人(しはいにん)が、3人の泊まった部屋は1泊25ドルの部屋であったことに気づき、差額(さがく)を返してくるようにと、ボーイに5ドルをわたしました。ところがこのボーイが2ドルくすねてしまい、3人には1ドルずつを返金しました。

さて、ここで話を整理してみましょう。3人の男は、結局部屋代を9ドルずつ出したことになり、合計27ドル。それにボーイのくすねた2ドルを足すと、29ドルになります。最初に支払(しはら)ったのは、30ドルだったはずですね。残りの1ドルは、どこへ消えてしまったのでしょうか。

 

「消えた1ドル」という有名な論理(ろんり)パズルです。内田百閒(うちだひゃっけん)という人が書いた『阿房(あほう)列車』という小説が元になっているようですが、こちらを知っている人は少ないかもしれませんね。何がおかしいか、わかりましたか? じっくり考えれば、そんなはずはないということに気づくのですが、ぼんやり読んでいると、つい「1ドル消えた!」と信じてしまいそうになりますよね。

ところで、あなたは読解(どっかい)問題が得意ですか? 得意だと胸(むね)をはれる人もいれば、そうでない人もいるでしょう。苦手とは言わないまでも、「段落(だんらく)分けの問題ができない」「記述(きじゅつ)問題が書けない」など、部分的に苦手意識(いしき)のある人も多いようです。授業(じゅぎょう)をしながら皆(みな)さんの書く答えを見ていると、意外だなあ、と思うことがあります。記述問題に苦しむ気持ちは、よく理解(りかい)できるのです。自分で考えて答えを作らなくてはならないのですから、難(むずか)しいのは当然(とうぜん)ですよね。ところが、「自分で書きなさい」は出来るのに、「正しいものを選びなさい」と言われると、とたんにミスが多くなる、という子が、案外たくさんいることに気づかされます。一体、なぜなのでしょう。

記号問題が苦手だという人は、もしかすると、少々考え方が素直(すなお)すぎるのかもしれません。たとえば、こんな問題があったとしましょう。

問)筆者の考えに合うものを次の中から一つ選び、記号で答えなさい。

ア 地球の資源(しげん)には限(かぎ)りがあるが、先のことを今から心配する必要はない。

イ 地球の資源には限りがあるから、早い者勝ちである。

ウ 地球の資源には限りがあるから、むだをなくし、大切に使うべきである。

エ 地球なんて、さっさとほろびればよいのである。

これだけを読んで、「答えはウ!」などと安易(あんい)に考えるクセはありませんか。確(たし)かに4つの選択肢(せんたくし)を読むと、ウが一番正しいことを言っているような気がします。しかし、危険(きけん)なのは、その「なんとなく」なのです。

読解問題を解(と)くときに大切なのは、「本文にどう書かれているか」であり、「あなたがどう思うか」ではありません。極端(きょくたん)な例ではありますが、もしも筆者が「我々(われわれ)はすぐにでも地球をほろぼすべきだ。」と本文に書いていたなら、あなたはエを選ばなくてならないのです。

日本語を母国語(ぼこくご)とする皆さんに日本語の問題を出すというのは、なかなか骨(ほね)の折れることです。作(さく)問者(もんしゃ)はどうにかして皆さんを悩(なや)ませようと、懸命(けんめい)に頭をひねり、もっともらしい選択肢を用意します。その策略(さくりゃく)にひっかかってはいけません。「おっ、これは立派(りっぱ)なことを言っているな」と思う選択肢を見つけても、選ぶ前にもう一度よく考えて下さい。それは本当に、本文に書かれていることでしょうか。話がすりかえられてはいませんか。

1ドルは消えていません。もし消えたように見えるのだとしたら、その犯人(はんにん)は、支配人でもボーイでもなく、作問者です。「何だかおかしいな」と迷(まよ)いを感じたら、もう一度じっくり本文を読んでみましょう。正解(せいかい)をみちびくヒントは、必ず本文の中にあります。

まだ悩んでいる人がいるかもしれませんね。念のため、ヒントを出しておきましょう。3人の男が支払った27ドル。これは本来、支払わなくてもよかったはずの2ドルを含(ふく)んだ金額(きんがく)です。……さあ、もうわかりましたね?

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