昭和のヒーロー(中1・2生:塾だより11-12月号)
今年の10月1日、アントニオ猪木さん(本名:猪木寛至さん)が79歳で亡くなりました。
プロレスラーであり、実業家でもあり、政治家でもありました。
中学生のみなさんにはなじみがないと思いますが、紛れもない国民的英雄のひとりだったと思います。
まずはファンの1人として、ご冥福をお祈りします。
猪木さんは、1943年に横浜で生まれました。
戦後すぐの日本での貧しい暮らしから脱出するため、12歳のときに家族でブラジルに渡ります。
ブラジルでは、コーヒー農場で早朝から夜遅くまでの厳しい労働環境を強いられましたが、この中で高い身体能力を身につけることになります。
その後、ブラジルに来ていた力道山にスカウトされ、1960年にプロレスラーとして日本に帰国します。
力道山亡き後は、トップレスラーの1人として「燃える闘魂」のキャッチコピーでプロレス黄金時代を築きます。
ちなみに力道山は1950年代に活躍したプロレスラーです。
歴史の教科書にも登場しますが、当時普及し始めた白黒テレビで試合が中継され、人々を熱狂させました。
1989年にはスポーツ平和党を結成して参議院議員選挙に立候補、当選を果たし、史上初のレスラー出身の国会議員となります。
2013年には2度目の当選を果たし、合わせて参議院議員を2期務めました。
実業家としては、1980年に「アントン・ハイセル」を設立し、サトウキビからバイオエタノールを取り出す事業に取り組みます。これはブラジル政府を巻き込んだ国際的な大事業でしたが、サトウキビからアルコールを精製した後のしぼりかすの処理がうまくいかず、公害問題を引き起こすなどして数年で失敗に終わります。
当時こそ失敗に終わったバイオエタノール事業ですが、地理で学ぶように、現在ではバイオエタノールは再生可能エネルギーとして注目されています。
その生産や利用については今でも賛否両論ありますが、現在のブラジルでは盛んに生産されています。
1980年代当時には技術的な問題があり、うまくいきませんでしたが、猪木さんには先見の明があったと言えるのではないでしょうか。
猪木さんは詩人でもあり、詩集を出版しています。その中から『馬鹿になれ』という詩を紹介したいと思います。
馬鹿になれ
とことん馬鹿になれ
恥をかけ
とことん恥をかけ
かいてかいて恥かいて
裸になったら
見えてくる
本当の自分が
見えてくる
本当の自分も
笑ってた……
それくらい
馬鹿になれ
(角川文庫 猪木詩集「馬鹿になれ」より)
蛇足ですが「馬鹿」になれというのは、本当にバカになれという意味ではありません。
解釈は様々あると思いますが、私は「やると決めたことは、とことんやれ。自分で自分のことを笑ってしまうくらい全力でやれ。」ということだと捉えています。
猪木さんの生涯を見ると、プロレスラーという枠にとらわれず、幅広いことにチャレンジしてきたことが分かります。
問題や失敗もたくさんあったようですが、全力で挑戦し続ける姿勢が多くの人々の心を動かし、元気を与え続けたのだと思います。
猪木さんの生涯は、この「馬鹿になれ」の詩を体現していたのではないでしょうか。
「何かに全力で取り組む」ことには、どうしても迷いや不安がつきまとうと思います。
年度末が近づき、定期テストや高校入試が迫ってきましたが、全力で勉強をしても成績が上がらなかったらどうしよう、合格できなかったらどうしよう…と不安が尽きない人が多いのではないでしょうか。
そんな人にこの詩を贈りたいと思い紹介しました。猪木さんはこんな言葉も残しています。
「元気が一番! 元気があれば、何でもできる!」
2022年も残りわずかです。元気を出して、何事にも全力で取り組みましょう。
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